導入:なぜ「断面積」を測るのか?
AdS/CFT対応において、量子情報の幾何学化は目覚ましい成功を収めてきた。その金字塔と言えるのが、エンタングルメント・エントロピー(EE)をバルク(重力理論側)の極小曲面の面積と結びつけた Ryu-Takayanagi (RT) 公式である。
ここで、 は境界の場の理論(CFT)における部分系 のフォン・ノイマン・エントロピー、 はバルク内で と同じ境界を持つ極小曲面(RT面)である。
しかし、RT公式には限界がある。それは、 があくまで「量子もつれ(Entanglement)」と「古典的な混合」を区別せずに測ってしまう点だ。特に、部分系 と が全体として純粋状態にない場合、相互情報量 だけでは、相関の量子的な性質(エンタングルメント)と古典的な性質を完全には分離できない。
そこで近年導入されたのが、Entanglement Wedge Cross Section (EWCS) である。
Entanglement Wedge と Phase Transition
EWCSを定義するために、まず Entanglement Wedge (EW) の概念を整理する。
境界上の2つの離れた領域 と を考える。この和集合 のエンタングルメント・エントロピー を計算する際、RT面には2つのトポロジーの可能性がある。
- Disconnected Phase: となり、 のRT面と のRT面が分離している状態。相互情報量は 。
- Connected Phase: となり、 と を繋ぐようなRT面が形成される状態。
図1: Connected Phaseにおける Entanglement Wedge(薄青色)と EWCS(赤破線)
Entanglement Wedge とは、境界領域 とそのRT面 に囲まれたバルク領域のことである(図の薄青色の領域)。
EWCS の定義
Entanglement Wedge Cross Section (EWCS), 記号 は、この Entanglement Wedge を 側と 側に分割するような曲面の中で、最小の面積を持つものとして定義される。
この量は、直感的には**「 と の間の相関を支えているバルクの喉(throat)の太さ」**を表している。
Reflected Entropy との関係
EWCSは何の双対なのか?最も有力な提案の一つが Reflected Entropy () である。混合状態 に対して、正準的な純粋化を行い、そのエンタングルメント・エントロピーを測ったものが Reflected Entropy である。
Markov Gap とトポロジカル相転移
arXiv:2602.01545 の理解において決定的なのが、Markov Gap という概念である。
この量は、状態がどれだけ「マルコフ連鎖的か」を表す指標となる。トポロジカル秩序や強いエンタングルメントが存在する場合、この Gap は大きな値を持つ。
まとめ
最新論文を読み解く鍵は、単にエンタングルメント・エントロピーを見るだけでなく、「混合状態の相関構造」を EWCS という幾何学的レンズを通して見ることにある。
- Ryu-Takayanagi 公式: 純粋状態の EE ↔ 極小曲面の面積
- EWCS (): 混合状態の相関の複雑さ ↔ Entanglement Wedge の最小断面積
- Markov Gap: 。相関の「非マルコフ性」を測る
参考文献
- T. Takayanagi and K. Umemoto, “Entanglement of Purification through Holographic Duality,” Nature Phys. 14, 573 (2018). [arXiv:1708.09393]
- S. Dutta and T. Faulkner, “A Canonical Purification for the Entanglement Wedge Cross-Section,” JHEP 2103, 178 (2021). [arXiv:1905.00577]